ひとり一人が人生の主人公に

 “スポーツは人格形成に寄与する。”多くの人が信じて疑わない「スポーツには教育的な価値がある」ことを象徴するフレーズです。実際に、過去数年に亘り、大学生や保護者、指導者を中心に実施した「スポーツは、子ども達の人格形成や人間力育成に寄与すると思いますか?」というアンケートに対して、「忍耐力がつく」、「礼儀を身につける」、「規律を守る」、「チームワークを学ぶ」、「努力する」など、9割以上が自らの経験や先入観から、明確ではないが、なんとなくスポーツの教育的効果に肯定的な態度を示しています。しかしながら、一方で、賭博や大麻事件をはじめ、スポーツ界における不祥事が毎年のように起こっている現実もあります。また、Jリーグやプロ野球、JOC(日本オリンピック委員会)を中心に取組まれているトップアスリートのセカンドキャリア問題は、自身のキャリアを創造できない選手が如何に多いかということを示唆しているのではないでしょうか。果たして、「スポーツは子ども達の健全育成に寄与している」と言えるのでしょうか。もし、この金言を支持できるのであれば、我々はもっと子ども達のスポーツに投資すべきであるし、出来るだけ早い時期から子ども達をスポーツに参加させるべきだと断言できるはずです。

スポーツの教育的価値やその効果についての研究は、これまでも数多くの学者によって行われてきました。スポーツの教育的価値を支持するグループは、「スポーツマンシップを通じて誠実性やフェアプレーの精神を、チームワークを通じてチームの目的は個人の目標に優先することを学べ、スポーツの弛まざる価値は我々の社会の根底をなすこのようなマインドを選手の中に形成できることにある」と主張しています。また、「スポーツにおけるゲームは公正な競争のもとに成立しており、競技者は同じルールのもと、勝利に対して同じ可能性を持ってゲームをする。そこに信頼がなければ、つまり一定のルールにより統制されているという共通理解がなければ、ゲームは成立しない。このスポーツマンシップと呼ばれる精神は、誠実性や信頼という市民社会の原理原則と最も強力に結びついており、スポーツの真髄は誠実性、公正性、信頼性、及び倫理的規範という原理原則のもとに成り立っていることである」としています。スポーツ社会は一般社会の価値観を反映しているため、スポーツ社会において求められる態度や行動は、一般社会においても同様に求められるものと言えそうです。

しかし、他方で冒頭のようなスポーツの陰の部分があることも事実であり、スポーツが保有するこのような教育的価値はあくまでも潜在的なもので、スポーツそのものには内発的な倫理効果はないというのが現在の専門家による一般的見地です。そのような教育的効果は、どのスポーツをするかではなく、どのようにするか、どのように観察されるかといったスポーツ環境に依存しており、その環境が我々の考え方や態度に影響を及ぼしているとされています。つまり、スポーツ自体に教育的な価値があるわけではなく、スポーツは教育的ツールであり、スポーツがポジティブなインフルエンサーとなるためには、プレイヤーを中心とするスポーツ社会を如何に構築するかが肝になるのです。スポーツの成果物として、子ども達の人間力育成や健康増進、楽しさや自信の醸成を期待するのであれば、そのような目的を持ってスポーツ社会を創造していかなければなりませんが、そのようなスポーツ環境を支えているのは、他ならぬスポーツ指導者であり、保護者である大人なのです。つまり、子ども達のスポーツ経験の質は、コーチや保護者のスポーツ観とそのスポーツ観がどのように実行されているかに委ねられていると言っても過言ではありません。

冒頭における、実態とは異なる我々のスポーツに対するポジティブな先入観は、一世を風靡した“スポ根”漫画や、高校野球、箱根駅伝等の学生スポーツ、更にはオリンピックやワールドカップのような華やかな世界舞台で繰り広げられるメディアによって美化された“筋書きのないドラマ”を感動的にインプットされているからかも知れません。そして、現在のスポーツ界における実態は、長期間を要する選手の人間的成長ではなく、目の前のスポーツにおける結果に固執している指導者や保護者があまりにも多いことを示唆しているのかも知れません。教育の根本的な目的は、人生経験を広げる機会、善し悪しを判断する機会、そしてそれらの行動結果から多くのことを学ぶ機会を子ども達に提供することにあります。子ども達のスポーツ経験が、彼らの将来の糧となり得るためには、私たち大人が目の前の結果ではなく、未来の目標を見据えて取組まなければならないのです。

2019年のラグビーW杯、2020年の東京オリンピックを契機に、未来を担う子ども達が、人生の主人公として、自分らしい人生を育めるスポーツ環境を創造し、遺していきたいですね。

2018年1月1日
山羽 教文

代表者プロフィール

少年期における結果偏重・スキル偏重のスポーツ経験がアスリートのセカンドキャリア問題の一因であるという持論から、 日本オリンピック委員会やJリーグ等のジュニア世代育成を目的に、選手のみならず、保護者や指導者に対して、スポーツを通じたライフスキル教育を展開。近年では、健康教育に基づくコーチングを専門領域に、スポーツ、健康、教育をテーマに企業や自治体等に対して、人材育成を軸にした環境づくりを支援している。

1971年 ▪️兵庫県明石市生まれ
1990年 ▪️桐蔭学園高等学校卒業 ※在学中はラグビー部に所属し、4年次には主将を務める
1991年 ▪️早稲田大学教育学部入学
1995年 ▪️早稲田大学教育学部卒業
▪️三井物産株式会社入社
2000年 ▪️三井物産株式会社を退社
2003年 ▪️オハイオ大学スポーツ経営学修士修了
▪️株式会社FIELD OF DREAMSを設立
2008年 ▪️JOCキャリアアカデミープロジェクト委員就任
2009年 ▪️特定非営利活動法人FIELD OF DREAMSを設立
2014年 ▪️公益財団法人日本健康スポーツ連盟理事就任
2017年 ▪️一般財団法人 健康医療産業推進機構 理事就任